2010年01月27日

ハイチ地震レポートNo.17

レポートNO14でSAJ(戦略・行動・若さ)という赤いポロシャツを着たボランティア達が立ち上がった話しをしたが、新たなボランティア達も動き出した。

 黄色いTシャツと帽子を身にまとい、救援物資の配布の手伝いや避難キャンプの清掃をする彼らは、ボランティア団体「市民アクション」の若者たちで、「皆が被災者なのだから助け合う事が必要だ。」と汗を流す。彼らは震災前から社会奉仕活動をしていたが、この大地震で彼らのほとんども被災者となり、現在も屋外での避難生活を送っている。
 レポート16の岡さんの文章の中にも「ここはハイチ。自分達の国だ。ハイチは自分達で変えていかなければならない。」というハイチ人の話がある。まさにこの若者たちの動きはハイチ人らしさを表したものだろう。

 15年前の阪神・淡路大震災の直後、1か月で約62万人のボランティアが被災地に駆けつけた。そのうちの7割は初心者ボランティアであった。その彼ら、彼女らが被災地の復興の大きな力になった。国連やNGOは、今、ハイチで動き始めたハイチ人自身のボランティアをもっともっと信頼して、彼らのエネルギーをうまく使うべきであろう。岡さんはハイチをこう言う。「国民のほとんどは子供・若者です。エネルギーいっぱいの国です。」
ボランティア「市民アクション」の黄色いTシャツには胸にクレオール語で「きずな」と書かれてある。
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ハイチ地震レポートNo.16

NO13で関西在住のハイチ人「ChaCha(シャシャ)」の素晴らしいメッセージをご紹介しましたが、今度はChaChaさんの奥さんである岡智子さんからもハイチ人気質のよくわかるメッセージが来ましたのでご紹介します。

ハイチや主人のことを想っていただきまして、本当にありがとうございます。現地人による支援活動の記事を拝見しました。
「これぞハイチ人。ハイチの強さを取り戻した!!」というのが私の率直な感想であります。

あくまでも私見ですが、ハイチの人は、どちらかといえば単独ではなく他の人と一緒に動くのが習慣です。
これを現地ではCombit(コンビット:協働)と言います。
そして歴史にも残るように、ハイチは黒人が独立を勝ち取った初の国家であり、彼らには金や物は何もなくても、希望がありハイチ人という誇りがあります。
心身ともに強い人たちです。(しかし、今回の地震ではかなり弱っていると思われます。)

以前から、ハイチは不安定な国でした。
国民の多くは貧しさから抜け出せず、若者たちはみなぎるエネルギーをもてあまして、人を支援するグループをよく結成して活動していました。
でもやりたいことはたくさんあるのに、いつも資金や物がないということで、活動できなかったグループが多くありました。

ハイチの人と話をしていると、
「ここはハイチ。自分たちの国だ。ハイチは自分たちで変えていかなければならない。」
と言う人がいます。

私もできるだけ地元の人たちの内に秘めたる+のエネルギーを突き動かし、彼らによる助け合いの支援ができるように、援助できればと思います。

国民のほとんどは子供・若者です。エネルギーいっぱいの国です。

                                 岡智子

*CODEの海外研究員のクワテモックさんがハイチに入りました。首都ポルトープランスの西約40kmのLEOGANE(レオガン)にいるようです。追ってレポートを紹介します。
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