2010年02月05日

ハイチ地震レポートNo.23

昨日、クワテモックに電話を入れて彼が今どのような活動をしているのかについて少し聞いてみました。彼はレオガンの壊れた病院の敷地を拠点にして、周辺7000人ほどのコミュニティの調査を始めたようです。近々、そのコミュニティにいる20人のキーパーソン(日本でいう町内会長)を集め、それぞれに現状などをヒアリングし、緊急にこのコミュニティには何が必要なのかを探りたいと言っていました。

 また、先日からラジオ関西から呼びかけている「神戸からハイチへ 応援メッセージを送ろうキャンペーン」に寄せて頂いているものを、随時彼に送信してきましたが、そのメッセージは、すでに2つのラジオ局で収録され、3つの番組で流されたとのことです。どなたのメッセージが紹介されたのかまでは確認できませんが、ご協力して下さったみなさま、ありがとうございました。その後の状況については、次回のメールを待つしかありませんが、クワテモックの安全もお祈りして下されば光栄です。

さて、一昨日、ある研究会で頂いた英字新聞(2010/1/28付)にハイチ地震の記事があり、「地震がハイチに変化のチャンスをもたらした」という小見出しが目についたので翻訳して貰いました。大変興味深い、かつ刺激的な視点で書かれており、こういう見方もあるという意味で知っておく必要があるのではないかと思いましたので、何回かに分けて紹介します。

(Michelle Faul ポルトープランス AP)
大地震は多くの国々を打ちのめすに足るものだった。しかしハイチの恐ろしい死者数と被害は、リーダーシップの弱さと外国勢力に導かれた悪政の歴史に原因を辿ることができる。外国政府と援助機関とが長くこの地を牛耳ってきたのだ。
ハイチにおける災害の歴史の中で最新となるこの地震は、この流れを変えるまたとない機会となる。研究者は革新的な解決方法を提示する。
 ハイチの政治コメンテーター、マイケル・ソーカーは、首都からの多数の航空便の利便性を活かして、イスラエルのキブツに習った農業コミュニティを創ることを提案する。
テキサス大学のサイモン・ファス教授は、19世紀のアイルランドの大飢饉による移住を例に挙げる。多数の海外移民が出れば、人口増加により悪化している環境から脱することができる。
 いずれの学者も、ハイチを事実上の暗黒時代から救い上げるためには、ハイチ人が自分達自身を助けることのできる、民主的機構を強化することだと考えを共にしている。
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2010年02月04日

ハイチ地震レポートNo.22

被災地レオガンに入っているクワテモックからメールが来ました。停電があり、通信事情が劣悪な中で、わずかなチャンスを得てCODEに配信して下さいました。ここ2日〜3日はメールが止まっていたので、今日4日11時頃(現地時間3日21時 )に電話を入れて元気であることを確認しましたが、その直後のメールです。

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親愛なるCODEのみなさんへ
 皆さんからついさっきお電話をいただけまして、とても嬉しいです。今回は、今までの救援活動と違ってかなり難しいです。その破壊は想像を超えています。津波の場合は、破壊は大きかったですが、海の周辺地域だけでした。ハイチの破壊はあちこちにあり、海の近くも遠くも小さなコミュニティーも都市も、全てが破壊されています。
私が見た破壊は言葉で表現することはできません。おそらく我々はこの巨大な破壊を言葉で説明することはできると思いますが、被災された人々、孤児たちや未亡人たち、そして愛するものを失った人々の痛み、失った家、失った仕事、彼らの生死の境目・・・それらを表現する言葉は見つかりません。国家の象徴であった国家宮殿、大聖堂は、そこら中の何千の家々や建物と同じように崩れ去りました。

 アメリカ大陸の最も貧しい国、そして世界で最も貧しい国の一つでこのような事態が起きてしまったのです。ですから自然災害に、このような地震の結果を説明するために、これら人々の極度の脆弱性を加えなければなりません。国連事務総長の言葉に「世界は第二次世界大戦以来の最悪の惨事を目撃している」とあります。私はレオガンを選びました。ポルトープランスを訪れ、そしてレオガンに来ました。ポルトープランスにも巨大な破壊があり、おそらく50%が破壊されたでしょう。キャンプやテントがあちこちにあります。それがこの国の首都の状態であり、それゆえに多くのNGOや国連がそこに注目しています。しかし震源はレオガンであり、約80%が破壊されているのです。ですから、私はこの場所を選び活動しています。発電器によって電気が点いた瞬間を逃さず、ドイツ人の友人の好意で無線LANに接続するパスワードを貸してもらっています。明日、あなたにこのようにメールを書くチャンスがあるように祈っています。
クワテモックより
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彼のメールにある「世界は今、第二次世界大戦の惨状と同じ光景を見ている」というフレーズは、2004年のインド洋地震津波災害のときにも確か同じような表現を聞いたことを思い出しました。残念ながら一国の被害では過去最大の惨事ではありますが、2004年の津波災害の犠牲者22万人を上回りそうです。
あらためて、亡くなった方々のご冥福を祈ります。
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2010年02月02日

ハイチ地震レポートNo.21

 このCODEが配信しているハイチ地震レポートでも、再三再四伝えていることですが、ハイチ地震以後、被災地ハイチ全土で略奪や暴動が起きているかのような報道を目にするけれども、実はいろいろなレポートを見ると「意外に平穏である。」とか、「暴動は起きいていない」という指摘も少なくありません。

 去る1月25日、ハイチ前首相ミッシェル・ピエール・ルイが、「ハイチへの誇りと希望」というメッセージを出されました。(全文訳は、http://ow.ly/11K9B
 このメッセージには、「私はポルトープランスに誇りが生まれつつあるのを感じます。自立への誇り。人々は、私たち自身が、私たちを掘り出さなくてはいけないんだと言います。文字通り・・・・コミュニティ・リーダーは市民を組織し、安全を確保するためのに重要な役割を果たしつつあります。暴動のニュースは誇張されすぎています。ハイチでは、部分的にせよ、自分たちでどうにかできていることを証明しようと
しているようです。もちろん援助は必要です。緊急援助と私たちの荒廃した国を前に進めるための計画が必要です。」とあります。

 ハイチの人たちは、「自分たちの国は、自分たちで再建するんだ!」という力強い決意を持っていることが伝わってきます。この前首相のメッセージを読んで思い出したことがあります。阪神・淡路大震災後の2日目に阪神大震災地元NGO救援連絡会議を立ち上げた故草地賢一が、同年3月にコペンハーゲンで開かれた国連社会開発サミットのNGOフォーラムで発表したアピール「生きることは分かちあうこと」の中で、「今この長田の人々が始めている市民参画型、市民提言型の復興プランづくりに私は言葉だけ知っていた”主権在民”の具体的な実現があるように感じています。」とスピーチしました。ハイチは、まだ50万人がテントなき生活を送っているという状況です。規模は違いますが、いま、ハイチの被災者は、15年前私たちがKOBEの地で「私たちのできることは私たちでしよう!大事なことは自分たちで決めよう!」と体験したことと同じステージに立っているのだと共感します。同首相は「(救助)という最初の段階の終わりにあります。」と認識されていますが、復旧→復興へと進むこれからが大変です。
 
 みなさん!ハイチに関するマスコミの報道は激減しています。でも、ハイチはこれからです。是非、末永くご支援をよろしくお願いします
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2010年02月01日

ハイチ地震レポートNo.20

通信事情が悪い中で、クワテモックさんからメールが来ましたのでご紹介します。

−私はレオガンのラジオ・クールに出演し、神戸市民からのメッセージを伝えました。日本在住のハイチ人からとメキシコの被災者からのメッセージも伝えました。彼らは来週月曜日の私の生放送インタビューをポルトープランスのラジオ・カリブで流してくれる予定です。
 私のレオガンの拠点では、この地域の被災者を救うために医療ネットワークを確立しようとしています。現時点では我々はレオガンで活動する唯一のNGOです。
もっと書きたいですが、この地域は電気が無く、インターネットもありませんので、連絡し続けることは難しいです。いずれにせよ、少しずつですが、私は動きやすくなっています。10日間ほどの延長を追求します。−

というものです。さて、ハイチへメッセージを贈る活動を、ラジオ関西さんと一緒にしていますが、先日阪神・淡路大震災の被災者からも届けられ、早速現地語に翻訳して頂きクワテモックに送付しました。その中の一つを紹介させて頂きます。

−地震直後から半年間は、「なんで私たちだけこんな目に?」と「なんで私たちだけ生き残ったのか?」という二つの気持ちが衝突して、葛藤した日々でした。もし同じ気持ちを抱えていらっしゃる人がいれば、どうか一人ではないことを忘れないでほしいと思います。(Y・K)−

 今回、ハイチ地震の被災者の振る舞いを見ていて、阪神・淡路大震災でも注目された「自助」「共助」の意味が、より具体的で、身近なものとして捉えることができました。
 これだけの被害に遭いながら、自分たちの国のことだから自分たちでできることはしよう!という姿は、世界中の人々に感動を与えてくれます。KOBEの地から遠く離れていても、寄り添っている誰かを介していれば、こうしてつながり、共感もできるということを証明してくれます。いま、私たちが何をしなければならないのか?
このことをしっかり考えさせられる毎日です。

 15年前、私たちは「支えあいは自立から」と言ってきました。いま、このことを実感を持って言うことができます。15年前、私たちは誓いました。
−被災地の私たちは、自ら「語り出す」「学ぶ」「つながる」「つくる」「決める」行動を重ね、新しい市民社会を創造していく力を養っていくことから、私たち自身の復興の道を踏み出していくことを、強くよびかける。−(『市民とNGOの「防災」国際フォーラム』神戸宣言1995より)
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