2012年09月06日

【2012年ハイチ訪問レポート No.2】

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■2012年ハイチ訪問レポートNo.2
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ハイチの物価は決して安くありません。露店のペットボトルのジュースは1本25グールド(50円)。屋台で昼食を食べれば一人100グールド(200円)、町の食堂に入れば200グールド(400円)。洗濯用にと思って露店で買ったバケツは1つ100グールド(200円)でした。路上で売っている音楽CDは――明らかにCD-ROMにコピーしただけのものですが――1枚100グールド(200円)です。40歳くらいの「ヒラ」の公務員の給与が月500ドルだそうですから、物価の高さがうかがえます。ちなみに富裕層しか利用できないような冷房の効いた大型スーパーマーケットに行けば、クッキー1パックが80グールド(160円)、500mlの水1ダースで170グールド(340円)です。最も貧しい人はどうやって生きているのか?混乱しますが、ハイチには、幾通りかの物価の世界があるようでした。震災後、外国からの援助流入による影響もあり、物価は安定しないようです。

一方、IOMが避難キャンプからの立ち退き支援費用(家賃補助)として1世帯に渡しているのは500ドル。これは、つつましく食べていくだけなら1年間はもつ額だといいます。しかし、生活とは食べていくだけのことではありません。栄養状態が悪いため、病気にかかりやすく医療費がかかります。子どもの教育費は、ハイチでは生活を圧迫する大きな出費です。そして最大の問題は、働きたくとも仕事が無いのです。

他の支援団体の話では、キャンプは明らかに少なくなったといいます。「ここもテントだらけだったんですよ」と指し示されたところは芝生の広場になっていました。「でも、キャンプを離れた人がどこに行ったのかはわかりません。」

「アビエーション・キャンプ」と呼ばれる避難キャンプの側を通ると、ちょうど2年前にCODEの野崎理事が撮ってきた写真と同じ風景が目の前に広がったため、すぐそこだとわかりました。そのままの同じ風景だったからです。テントは減っておらず、敷地を埋め尽くしていました。「キャンプにいれば、食事ももらえるし教育も受けられる。本当は出て行きたくない人も多いんです。」

(岡本 千明)
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2012年09月03日

【2012年ハイチ訪問レポート No.1】

CODE海外災害援助市民センターです。
代表の芹田とスタッフの岡本がハイチ地震の被災地を訪れました。
2011年3月にメキシコのパートナー、クワゥテモックさんがハイチを出たのを最後に、1年半ぶりの訪問となりました。日本からの訪問は2年ぶりで、これまでのプロジェクトの経過のヒアリングと、今後の新しいプロジェクトの打合せを行ってまいりました。

CODEは震災後に立ち上がった現地の住民団体「ACSIS」をカウンターパートとして、2011年1月から女性の起業支援のための小口融資事業を行ってきました。この融資を利用した人たちの声などを、いくつかのレポートに分けてご紹介していきます。

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■2012年ハイチ訪問レポートNo.1
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*地震から2年半の被災地
ハイチの日射しは、じりじりと肌が焼けるような熱さです。

首都ポルトープランスのダウンタウン中心部では瓦礫が既に片付けられている場所が多く、主要道路を車で走るだけではかなり復興したように見えます。一方、建物の9割が倒壊したと言われているレオガンでは、やはり瓦礫や更地が目につき、被害の大きさを物語っています。また、ハイチではほとんどの建物がブロック作りで、全壊を免れた建物も屋根や壁が部分的に崩れたままになっているのをよく見かけます。地震であれほど壊れたにもかかわらず、いま建てている建物もブロック作りです。一段積んではセメントを糊にし、また一段積み上げる――そうして2階建て、3階建てにします。木材がないことや、「ブロック作りの建物はステイタス」という感覚もあるようですが、もし再び同じ揺れが起きたらと懸念します。

街なかは多くの人が行き交い活気があります。2010年4月、村井事務局長が地震から3ヶ月後のハイチを歩き、「露天商のパワーがすごい!」と言いましたが、まったく同感で、隙間さえあれば店を構え、ありとあらゆるものが売られています。洋服、靴、家具、電化製品、食料、日用消耗品、食器、おもちゃ……。300mも歩けばデパートに行く必要はなさそうです。店番しているのはほぼ女性です。

大きなキャンプも残っており、家をなくした方々がテントやトタン、ブルーシートなどで作った小屋に住んでおられます。IOMによれば、575のキャンプに39万人が生活をしているといいます(8月28日)。ピーク時はテント生活者が150万人と言われましたが、キャンプを離れても、むしろキャンプ以下の貧困の暮らしから抜け出せないでいる人たちが少なくありません。こうした中、8月25日にもハリケーンが直撃しました。嵐の度にテントは水に浸かり、犠牲者が出ています。水害は感染症の原因ともなります。2010年10月頃から流行しているコレラは、最近少し収まりつつもこれまでに58万人以上が感染し、約7500人が亡くなっています(8月10日、OCHA)。

それでも確かに活気を感じるというのは、植民地時代、独裁政権時代、その後の弾圧の時代など、凄まじい権利の侵害と恐怖を生き延びてきた人たちの不屈の精神が受け継がれているように感じました。

(岡本 千明)
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2011年01月12日

ハイチ地震レポート No.53

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◇◆◇ ハイチ 地震から1年 ◇◆◇
     〜CODEと被災地〜
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2010年1月12日に起きたハイチ大地震から1年が経ちました。
しかし、いまでも80万人がテントでの生活を強いられているといいます。

CODEは地震直後からメキシコ人研究員のクワゥテモックさんを現地に派遣し、ラジオでのメッセージ発信、避難キャンプのコーディネート、孤児院支援を続けてきました。

また、2010年9月、今後の中長期的な支援を見据えた調査のため、野崎理事が現地を訪れました。9月の時点でも「未だに水・食料・医療・メンタルケアといった緊急支援が中心で、中長期を見据えた活動の展開を見つけるのが困難な状況」だったといいます。

そんな中でも、クワゥテモックさんが早くから連携し、関係構築してきた3つの団体は、将来に向けて被災者の支援を続けてきました。CODEは彼らとともに、ハイチの人々の暮らしの再建をサポートしていきます。
その3つのプロジェクトをご紹介させていただきます。

●Ayuda a Haiti 
ドミニカから最も早く現地入りしたNGOグループで、クワゥテモックさんも含め多くの小規模な国際NGOが参入しています。現地の主要なNGOともうまく連携し、レオガンを中心に「保健・医療」や「子供・女性」分野での支援活動を行っていました。被災者どうしが集い、ともに学ぶ場としてワークショップなどを開催しており、それに利用するコミュニティセンター建設の提案を受けています。建設地や費用などの詳細について、現在調整中です。

●GEDDH
レオガンに拠点をおいて、シスター須藤昭子さん(*)が農業支援を行うために設立
したNGOで、農業学校建設を計画していました。しかし、被災者が押し寄せ確保していた学校用地がテントで占拠されてしまい、中断となりました。彼らがこれまで行ってきた農業支援を、マイクロファイナンスという形でサポートすることについて調整中です。
*シスター須藤昭子さん……
1976年以来、ハイチで結核治療のために活動してこられた日本人医師

●ACSIS
首都の北側ラプレンという地域で活動しているNGOです。富田林在住のハイチ人青年シャシャ・ピエールマリさんが、友人で代表のルシアンさんら仲間と設立しました。

被災者(主に女性)が小規模事業を立ち上げるのに向けて、経営再建のプログラムを実施します。まずは50人の被災者を対象に、各300ドルを起業支援金として貸し付け、返済が終わればまた新たな人が借りられる仕組みです。
※ちなみに、UNDPのキャッシュ・フォー・ワーク(瓦礫の片付けなど労働の対価として現金を支給するプログラム)で支払われた日給は約4.5ドルです。

被災地では地震直後から、露天商が活発に商いをはじめていました。こうしたインフォーマルな経済が中心の商習慣を活かし、被災者どうしがノウハウを教え合うことにより、生計の再建を目指しています。

☆CODEのACSIS支援が神戸新聞に掲載されました



今後もご支援宜しくお願い致します。

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2010年09月07日

ハイチ地震レポートNo.51

引き続き、CODEの野崎理事のハイチ調査レポートをご紹介します。
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9月4日(土)の午後は、ハイチ最大の非難キャンプDELMAS3を訪問しました。元はスポーツ公園だった場所に5万9000人がテントやバラックを建てています。ハイチ最大のスラムと言われたシテソレイユに隣接しており、MINUSTAH(国連ハイチ安定化ミッション)が近くに事務所を構えていましたが全壊し、スタッフも亡くなっています。

Harbyさんはそこに勤務していたのですが、そのままDELMAS3の支援をすることになりました。赤十字がともに支援に入っていますが、すでに殺人が5件、レイプがわかっているだけで数十件発生しているそうです。その理由は、近くにあった刑務所が倒壊して5,300人の囚人が逃亡し、800人しか捕まっておらず、その多くがここに潜んでいるからだそうです。また、シャワー施設が整っておらず、女性が囲いのないところでシャワーを使っていたり、夜になると暗くなってしまうなどが理由です。現在は、パトロールをしたり照明を数箇所設けるなど改善を図っています。

驚くべきことに、政府が公表している仮説住宅建設戸数は土地建物のオーナーだけを対象にしたもので首都住民の大半を占める借家人への対策は全く示されていないといいます。

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2010年09月06日

ハイチ地震レポートNo.50

引き続き、CODEの野崎理事のハイチ調査レポートをご紹介します。
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到着して4日目(9月3日)の報告です。
クワゥテモックさんのアシスタントのソニーさんのことを少し触れておきたいと思います。彼は、21歳でドミニカ生まれのハイチ人です。母親について子供のころにハイチに帰ってきましたが、スペイン語とクレオール語だけでなくきちんとしたフランス語も勉強しています。責任感が強く、クワゥテモックのクレオール語をしっかり補って、訪問先への連絡や時間調整を秘書のようにこなしています。クワゥテモックさんがかわいがって育てている青年です。

ソニーさんと3人で朝食を済ませレオガンまで同行することになったアリシアさんというイタリア人の女性を乗せて出発しました。アリシアさんは、REIKIという日本発のメンタルケアの技術を持って被災者の支援をしたいとハイチにやってきたそうです。気巧のようなものらしいですが、日本でも聞いたことが無いというとショックを受けていました。

食事の後、ラファエルさんからAyuda a Haiti(クワゥテモックさんが2月から一緒に活動しているドミニカのNGO)の活動について説明を受けました。ラファエルさんは震災直後数日後にドミニカからポルトープランスに入り、まだ数少なかった国際NGOとレオガンに入りました。クワゥテモックさんも少し遅れてラファエルさんと合流しました。やがて次々到着するNGOで現在、レオガンで30〜40団体が集まるネットワークとなっています。今後の計画で興味を引いたのは現在の拠点のなかに支援センターをつくる計画です。図面もできていてデータを送ってもらうよう頼みました。

我々がベースについたとき、あずまや(キオスク)で40人近くの若者たちが保健教育のワークショップをやっているところでした。主導しているのはMedical HaitiのDr.Chenetで若者たちはレオガン周辺のコミュニティリーダーたちだそうです。毎週金曜日朝8時に開催するこのワークショップには朝4時〜5時に家を出て、歩いたりタプタプと呼ぶ乗り合いバスを乗り継いで参加しているとのことです。

ベースでは15歳以上の孤児たちが、いろんな役割を担って働いています。中にはJICAのIDカードを誇らしげに見せる子もいます。世の中の役に立っているという自覚が自立と回復につながっていくとみんな期待しています。

ベースを出て3つの孤児施設を訪問しました。最初はLittleAngelという施設で元の施設が崩壊したので新しい場所をみつけて再開しています。37人の孤児がおり増設した教室が未完成でした。ここは地域のコミュニティのなかにあり地域で親を失った子供たちも含まれていました。

次に訪れたのはHouse of Poor Childrenという施設で、工事中だった施設が壊れたため貸
主から退去を求められています。どこか土地をさがしてテントからスタートしなければならな
いとのことです。

3つ目は、名前を聞き漏らしましたが山の近くの草原にある施設です。到着が遅くなりあたりが暗くなっていましたが、子供たちが元気に迎えてくれました。たくさんの歌を聞かせてくれ、印象的だったのは、孤児のひとりが作ったラップソングでした。ここもテント暮らしで教室や宿舎が工事中という状態です。雨季の迫るなかで早く屋根のあるところに入れてあげたい
と思いました。
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