2010年09月04日

ハイチ地震レポートNo.49

引き続き、ハイチ地震復興支援に向けて現地で調査を行っている
CODEの野崎理事からの報告をご紹介します。
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●ラプレンにて
その後、ラプレンに向かいました。途中、空港近くでハイチ最大規模の避難キャンプの前を通りました。3万5000人がいるそうです。日本の仮設住宅の4,5倍くらいの密集度合いで、とても人が生活できるようには見えません。こんなところに8ヶ月近く暮らしているとは信じられない感じがします。

ラプレンは名前のとおり平坦な地域で碁盤の目状に道路が整備されていて、坂の多いポルトープランスとはかなり雰囲気が違います。そんなこともあって、他の地域から多くの被災者がやってきたようです。

面談してくれたメンバーは、「ACSIS」(※注)代表のルシアンさん(28)、副代表のエマニュエルさん(26)と会計担当のジョニーさんの3人でした。彼らがやってきたことは、直後のブルーシートの配布を除くと子供たちに学校へ行くための勉強かばんを配ったり、食事を配給したり、子供たちの支援が中心となっていました。今後は長期的な活動が必要と考えていて次のようなことを考えています。
1)子供や障害者・高齢者を支援するセンターを作りたい。
2)10月4日に学校が始まるが、子供たちにノートや筆記道具を配りたい。
3)孤児に食事を届ける事業を3月に始めたが継続に苦労している。続けたい。

その他の情報交換でわかったことは次のとおりです。
1)コンビットという互助組織はあるが、田舎でしか機能していない。
2)被災者キャンプは、どこも大きすぎて手がだせない。近隣のコミュニティを対象にニーズをみながらできることをやっていきたい。

●国連スタッフの話
夜にクワゥテモックさんの知人で、国連ハイチ安定化ミッションの人道セクションでレオガンを担当しているハービーさんと食事をしました。彼は今、健康と防災をテーマにした野外映画
の上映を各地のキャンプで実施しているとのことでした。またキャンプで頻発するレイプの防
止にも苦労しているようです。CODEへの期待は大きくて、是非連携してやれることを見つけたいと言っていました。

(※ACSIS:ハイチの被災者自身が立ち上げた支援団体。富田林在住のハイチ人、ピエールマリさんもそのメンバーの一人で、8月1日にCODEでACSISの活動紹介をして下さいました)

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2010年09月03日

ハイチ地震レポートNo.48

ハイチ地震復興支援に向けた調査のため、8月31日より現地入りしている
CODEの野崎理事からの報告が届いておりますのでご紹介します。
CODEの海外研究員、クワゥテモックさんと共に調査を行っています。
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●ポルトープランスおよびレオガンにて
我々の宿泊したホテルの周辺は、もともと高級住宅街だったそうですが、公園に被災者のテントが密集しており、被災者と思われる人々が夜遅くまで周りを歩いていました。

道路状態の悪さと渋滞のため、ポルトープランスからレオガンまでは30キロしか離れていないのに3時間かかって到着しました。クワゥテモックの説明では90%以上の建物が倒壊したとのことでしたが、多くの人があてどもなく通りを歩いているのに町の姿が見えないという状態でした。その中でも古い木造の住宅が残っているのが目をひきました。トルコや中国と同じですね。

昼食後、Ayuda a Haiti(クワゥテモックさんが2月から一緒に活動しているドミニカのNGO)の拠点となっている被服工場跡にいき、孤児の支援をしているスペインのNGOと話をした後、農業学校設立を予定している地元NGO、JUDDHのJoseph Estalienさんと話をしました。

その後、2時間かけてポルトープランスにもどり、クワゥテモックさんの知り合いのNGOグループ(イタリア、ドイツ、ハンガリーなど)と意見交換を行いました。みんなこの国の子供たちのことを心配し、地元NGOが力をつけることの重要性では意見が一致しました。

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2010年08月05日

ハイチ地震レポート No.47

地震後のハイチで、被災者どうしが助け合う姿を紹介する英文の記事を、CODE翻訳ボランティアのKさんが訳して下さいましたのでご紹介します。

地元の人達による支え合いについては以前にレポートNo.37やNo.39でもお伝えしましたが、
http://haich-jishin.seesaa.net/archives/201003-1.html
この記事もハイチの人々の温かい心について触れています。
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<ハイチ人どうしの助け合い>
日付:2010/7/12
情報源:Trocaire
(アイルランドカトリック教会の公式海外開発援助組織
 http://www.trocaire.org/

1月の地震がハイチの国土を引き裂いた時、150万人の人々が家を失った。約90万人の多くの人々は首都のポルトープランスに留まって、利用可能な土地にあるキャンプでいまだに暮らしている。

しかし60万の人々は首都を離れた。地震直後に離れた人もいれば、路上やキャンプでの生活が耐えられなくなって数週間たってから動いた人もいる。6ヶ月たった今では、これらの人々の多くは国中に散らばったままになっている。

この緊急事態での顕著な特色は、ハイチの人々がお互いに労をいとわずに助け合うことである。60万人のほとんどはホストファミリーのところにいる。ホストファミリーの多くは被災者の親戚だが、驚くことに、そうではない場合も多い。困っている人を受け入れるというささやかな方法に対するホストファミリーの犠牲や善意は計り知れない。

Alexandre Victoirは地震から3週間たって生活がとても苦しくなったのでポルトープランスを去った。彼女の姉と姪は崩れた家の下になって亡くなり、お金も食べ物もなく、5人の子供達と一緒に瓦礫の間で眠り、隣人が分けてくれる食べ物なら何でも食べて暮らしていた。

「寝るところをどこか提供してくれる人が誰かいるからと、お隣さんのひとりが言ったのでFonds Parisienに来た。」と彼女は私達に言った。彼女の夫には町から二時間の郊外にあるその場所に遠い親戚がいた。そのいとこは自分自身が貧しさから抜け出せないでいるのに心から温かく彼らを歓迎してくれた。

Trocaireが訪ねた時、Alexandreは娘と一緒に庭の木陰に座っていた。「ここには私達が必要とするのに十分なだけの場所も食べ物もない。夜にはとてもくっついて寝なければならない。」と彼女は言った。Trocaireはこの地区で活動していて、住むところがなくなった人々や彼らを泊めている家族に食べ物を渡したり、子供達を学校にやったりしている。

Sr Nuria Merono Otoiは陽気な73歳のスペイン人である。彼女は水も電気もないコミュニティーに住んでいて、そこでTrocaireのパートナーの組織と一緒に働いている。地震の直後には、彼女は小さなチームを作り、ポルトープランスに車を出して基本的な初期援助を行った。「私達が持っていたすべては、多くの絆と助け合いの善意です。」と彼女は言った。

彼女はRicardo の話をした。彼は一人でポルトープランスの路上をさまよっているところを見つけられ、彼女達のところへ連れてこられた8歳の男の子だった。「地震が起きた時、Ricardoは外で遊んでいて家に帰ったら家族全員が亡くなっていたというのが、彼が話せたすべてだった。」と彼女は言った。

「私達は彼が住所や電話番号や親戚がどこに住んでいるか思い出すように繰り返し繰り返し手助けしようとした。でも彼はできなかった。」彼は私達と一緒に三ヶ月暮らした。そしてある日、彼は電話番号の一部を思い出した。その後数週間かけて少しずつ彼がもっと思い出すように私達は毎日彼をうながした。ほとんどの番号を思い出した時から私達は他の人たちにきいて回り始めた。

「ある朝、連携して仕事をしていた時、一人の女性がある電話番号に出たので私達は自分達のことを説明した。電話に出た女性はRicardoの兄の奥さんだった。私達が彼らを電話で互いに話させると、Ricardoはひどく興奮した。彼の兄は生きていたのだ。彼らはすぐFonds Parisienにやってきて、その日のうちに彼を連れて帰った。

Fonds Parisienはかなり貧しい地区でポルトープランスからあふれ出した人々を助けきれなかった。Trocaireはその地区のグループと一緒に活動して、ハイチと自分自身の生活の復興に貢献する職業を若者達が学ぶような訓練プログラムを立ち上げている。

この地震は大工やれんが職人、電気技師のようなたくさんの技術者の命を奪い、専門知識の断絶は多大なものとなる。若者を訓練することは、彼らが自力で身を立てることであり、町の外に避難している人々を助けることでもある。そこの超過密状態は大問題であり、生活の質は悪い。

Alexandre Victoirのような多くの人々にとって、町はけっして戻る気にさせるところではないだろう。「私は戻れない。姉と彼女の赤ちゃんはまだ瓦礫の下のままだ。今、私はずっとポルトープランスを憎らしく思っている。」と彼女は言った。


原文サイト:reliefweb.int


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2010年08月04日

ハイチ地震レポート No.46

CODEのメキシコ人研究員クワゥテモックさんから、被災地の状況を伝えるメールが届きましたのでお伝えします。
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レオガンは震源に近く、損壊の率がハイチで一番大きい街です。学校や保健施設、公的施設はすべて、家屋は9割が倒壊しました。あらゆる分野に膨大なニーズがあります。CODEを含めて約40のNGOが、レオガンの様々な地区で支援活動を行っています。ちなみにポルトープランスには400のNGOがいます。この地域では国境なき医師団が暫定的な病院といくつかの施設を開設し、多くの制限つきではありますが、運営がなされています。公共サービスが大きく不足しています。

現在ハイチが直面している最大の問題は、雨季、そしてハリケーンシーズンの到来です。例えばレオガンとグレシエでは、災害が起きたときに人々が避難するシェルターがひとつもありません。

また、失業が大きな問題となっており、新たな生計手段が簡単には見いだせません。若者について言えば、大学が閉鎖されており、仕事は無く、なすすべがありません。孤児院の子どもは食糧、衣料品、水、衛生といった多くのニーズを抱えています(再建が第一ですが)。授業を再開した学校もありますが、多くはテントであり、内部はたいへん暑くなります。ですので、内部が蒸し暑くなるまでの2〜3時間、授業が行われます。
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CODEはこれまでクワゥテモックさんの派遣を含めて調査を続けてまいりましたが、プロジェクト確定のため、8月末に理事を現地に派遣する予定です。


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2010年08月03日

ハイチ地震レポート No.45

8月1日、CODEにて「ハイチ地震の被災者によるグループ“ACSIS”の支援活動〜ハイチから学ぶ〜」と題した寺子屋セミナーを行いました。富田林在住のハイチ人、ピエールマリさんと岡智子さんを講師にお招きし、ピエールマリさんが友人のルシアンさんと共に立ち上げられた「ACSIS」という団体の活動についてお話しいただきました。

レポートNo.44に引き続き、寺子屋で伺ったお話を交えてハイチの状況をお伝えします。

* * *

ハイチでは教会の存在がとても大きく、心の拠り所、生活の一部となっています。地震で損壊していつ崩れ落ちるかわからないような教会の建物の中に人々が集まり、祈りを捧げるといった様子をピエールマリさんも見られたそうです。他の支援団体の報告でも、被災者が協力して仮設の教会を再建したという話がありました。孤児院や学校なども教会にサポートされているものが多く、学校の9割が私立というハイチでは、教会は教育にたいへん重要な役割を果たしていると言えます。

また、支援物資の配布にあたりACSISは女性をターゲットにしたという話があり、配布を待つ列に女性ばかりがずらっと並んだ写真を見せて下さいました。女性は男性よりも家族全体のことを考える傾向があり、女性を支援すればその家族にも支援が届きやすいとACSISは考えたそうです。女性を対象にすることは様々な支援活動においてよく行われていますが、ハイチでも女性は家族を守る役目を果たしているのです。

昨日のレポートでも触れましたが、被災者に仕事が無く、復興のために仕事を創り出すことが課題となっていると、ピエールマリさんは指摘されています。こうした課題への取り組みについては、例えばUNDPが「キャッシュ・フォー・ワーク」のプログラムで、水路の清掃やガレキの除去にこれまで約11万6000人(うち4割が女性)を雇用してきました。また、UNDPとWFPとの連携で約1万3000人を雇用し、「フード&キャッシュ・フォー・ワーク」として、労働に対して食糧と現金を支給しています(UNDP、7月12日)。

なお、ハイチの復興がなかなか進まない理由として、ロイターの記事は次のような点を挙げています(アラートネット、7月26日)。
・選挙日の決定が遅れ、政治的な不確実さが投資家や支援国を妨げていること。
・3月に国際社会が100億ドルの支援を約束したものの、その支援金が少しずつしか入ってこず、長期的な再建計画が立てられないこと。
・2000万立方メートルというあまりに大量のガレキの除去が難航していること。除去したガレキを捨てる場所が無く、重機も不足している。これまでに5%未満しか取り除かれていない。
・土地政策の不明瞭さと、土地所有権をめぐる論争があること。証書や登録書類も地震で失われてしまった。

課題は山積していますが、ハイチにはエネルギーのある若者がたくさんいます。ピエールマリさんの言うように、彼らの力を活かした再建が望まれています。

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